99年9月25日(土)26日(日)の二日間、奈良市山陵町の奈良大学において、「保存科学のいまそして未来」と題する講演会・シ ンポジウムが開かれた。「保存科学」とは文字通り、各種文化財(美術品・工芸品等を含む)や遺跡から出土した遺物の保 存方法や保存処理方法について研究する学問で、近年工学系分野の協力も仰いで急速に発展している学問分野である。保存 学そのものの歴史的な成立や背景については、奈良国立文化財研究所の澤田教授が詳細に報告している。 講演会・シンポジウムは二日間にわたり行われたが、私は25日の特別講演、報告会に参加した。これはそのレポートである。 講演者のプロフィールは以下の通り。 @、出身地 A、最終学校・学歴 B、現職 C、著書・編書
水野正好(みずの まさよし) @、大阪市 A、大阪学芸大学 B、奈良大学学長 C、「元興寺極楽坊境内中世庶民信仰資料発掘調査報告書」(『大和文化研究』、1962年) 『古代を考える・河内飛鳥』(共編著、吉川弘文館、1989年) 『島国の原像』(角川書店、1990年) 『古代を考える−近江』(編著、吉川弘文館、1992年)
澤田正昭(さわだ まさあき) @、石川県 A、東京芸術大学大学院美術研究科修士課程(保存科学専攻)終了 B、奈良国立文化財研究所埋蔵文化財センター・センター長、 京都大学大学院人間環境学研究科・教授(併任) C、「金堂壁画と保存科学技術」(『法隆寺金堂壁画』朝日新聞社、1994年) 『文化財保存科学ノート』(近未来社、1997年) 「やきもの・顔料調査研究法」(『日本の美術400−美術を科学する』至文堂、1999年)など
しゃべり方で真面目な人柄がよくわかる。岡倉天心に始まり今日に至る保存科学の経緯を解説していた。水野学長が日本に おける、自然科学の方法を取り入れた最初の学者だという話は、水野氏の話だけだと「まぁた!」という感じだったが、こ の人が言うのならほんとだろう。水野さんほんとは偉いんだ。
渡辺智恵美(わたなべ ちえみ) @、兵庫県 A、奈良大学文学部史学科 B、(財)元興寺文化財研究所 保存科学センター・情報室長 C、「金属製遺物の保存処理」(『文化財を探る眼3』国土舎、1998年) 「鉄器の保存処理」(『文化財を探る眼4』国土舎、1999年) 「荒神谷遺跡出土銅剣の保存処理」(『荒神谷と青銅器』同朋舎、1995年) 「耳環小考−製作技法 材質から見た分類」(『元興寺文化財研究所創立三十周年記念誌』1997年)
えらい早口。現場の人の話は、実際の生身の話だけにおもしろい。どうやって保存加工処理を行っているのかがよくわかっ た。この人は出雲の銅剣の発掘にも神庭荒神谷へ行ったらしい。こういう作業は男より女性のほうが向いているのかもしれ ない。
植田直見(うえだ なおみ) @、奈良県 A、大阪市立大学理学部化学科前期博士課程 B、(財)元興寺文化財研究所 保存科学センター・出土木製品保存処理室長(兼)研究開発室長 C、「出土琥珀の保存処理における諸問題」(『元興寺文化財研究所創立三十周年記念誌』1997年)、 「木製遺物の保存処理」(『文化財を探る眼1』国土舎、1998年)
伊達家の墓から出た「胎衣(えな)桶」の話。桶の修復や復元の話はおもしろかったが、どうも胎衣(えな)と聞いただけ で私などは敬遠してしまう。生理的に男性は(私は)あまりこういう題材は好きではない。なんか気持ち悪い。古代から胎 衣(えな)を葬る風習は、その精神性は理解できるものの、「そんなもん、捨てちまえ!」という気がしてしようがない。 ある地方では、最近までこの胎衣(えな)を食べる風習があった(今日でも残っているともいう。)とも言うし、全く理解 しがたい。 【胎衣(えな)】新生児誕生時、母親の子宮から排出される胎盤やその他の器官。
魚島純一(うおしま じゅんいち) @、大阪府 A、奈良大学文学部文化財学科 B、徳島県立博物館・学芸員(保存科学担当) C、「よみがえる古代の輝き」(『徳島県立博物館企画展図録』1995年)、 「徳島県から出土した赤彩銅鐸」(『徳島県立博物館研究報告第7号』1997年)
学芸員の苦労話。なかなかおもしろい。吹田博物館で実際に収蔵庫や薫蒸庫(くんじょうこ)を見ていたおかげで話がよく 分かった。博物館も、現代でのあり方が問われているだけに、そこで働く学芸員の人もさまざまな苦労があるに違いない。 いろいろ模索して行って欲しいものだ。
増田啓(ますだ けい) @、神戸市 A、奈良大学文学部文化財学科 B、(株)スタジオ三十三・企画開発部次長 C、「レプリカ文化財学−文化財の複製品の実体と提案」(奈良大学『文化財学論』1994年)
こういう仕事は儲かるのだろうか? 営業という仕事柄、話を聞きながらついそう考えてしまう。博物館や研究機関の要請 で文化財の復元を請け負う。仕事は楽しそうだが、それにかける人手と時間を考えたら割に合うのだろうか。多分に奉仕的 な部分がなければ成り立たないような気がする。 増田氏が、完成したレプリカの<保守>についてももっと関心を持って欲しい旨話していたが、よくわかる。(株)という 所は儲かってはじめて評価される。学者の先生や博物館に感謝されても、会社内では「あいつは儲け話を持ってこんなぁ」 という事になってしまう。別に増田氏がそうだと言うわけではないが。
塚本敏夫(つかもと としお) @、茨城県 A、茨城大学工学部都市システム工学科 B、(財)元興寺文化財研究所 保存科学センター・企画室 主任 C、「考古遺物の三次元デジタル化の現状とその応用」(『元興寺文化財研究所創立三十周年記念誌』1997年) 「三次元形状計測を用いた考古遺物の形状比較」(『画像の世界 人文字と情報処理 NO.14』勉誠社、1997年) 「有限要素法を用いた古墳石室強度のシミュレーション」(『情報処理学会研究報告 Vol.98』(社)情報処理学会、 1998年)
PCが好きで仕事もそっち方面をやっているので、この人の話はおもしろかった。コンピュータはもっともっと文化財保護 の役に立つと思う。三次元画像ももちろんだが、INTERNET内ではもうやっているような、クリックしてぐるぐる回せば銅鐸 の裏や逆さにしたところが見れるような方法や、全国の縄文・弥生(勿論それ以外の時代でも)遺跡の詳細(規模・出土品 明細等)が家庭からでも検索して出力できるような世の中になれば、学問のすそ野はもっともっと広がると思う。データの 蓄積と加工および推論はコンピュータという機械が最も得意とする部門である。 どんどんコンピュータ化していって貰いたいものだ。中学生がPCを駆使して、全国の弥生遺跡から出た銅剣のサイズを調 べて、サイズ別の全国銅剣出土マップをPCに描かせている図など、想像しただけで楽しくなってくる。そんなものを夏休 みの研究課題に提出されたら先生はどうするだろう。