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山梨県北杜市考古資料館

弥生時代 2011年12月11日(日)



	山梨県では弥生前期から稲作を含む弥生文化が伝播しているが、遺跡数は少なく散見する程度である。弥生時代では、「身洗沢遺跡」
	や「金の尾遺跡」などの集落遺跡があり、「宮の前遺跡」(韮崎市)では水田が確認されている。盆地南西部の曽根丘陵では東海地方
	経由で弥生文化が流入し、方形周溝墓が見られる「上の平遺跡」など、古墳時代に至る遺跡がある。

	南アルプス市の油田遺跡では、弥生時代から古墳時代・平安時代を経て中世にいたる集落遺跡が数多く発見され、甲府盆地における低
	湿地遺跡の様子をかいま見ることができる。山梨県埋蔵文化財センターの発掘調査の結果、弥生時代中期(今から約 2,000年前)の地
	震痕跡、弥生時代中期の土器が発見されている。弥生時代中期の土器は、長野県や静岡県の土器と共通した特徴を持ち、当時の文化交
	流の中継地であったと考えられる。

	身洗沢遺跡は、山梨県笛吹市(甲府盆地南東部)にある、埋没旧川上に立地する弥生遺跡で、南側には弥生−古墳時代居の侭ノ下遺跡
	(南字渋田)が近接し、同一の遺跡である可能性が考えられている。調査では弥生後期の竪穴式住居跡2軒や水田跡、弥生時代の土器
	や木製品のほか、古墳前期の竪穴状遺構1基、土坑・ピット67基、近世の水溜状遺構1基、水田跡など検出され、縄文中期の遺物も
	出土している。
	県内ではじめて発見された弥生水田は住居南側の埋没旧河道の窪地に営まれ、古墳時代前期段階で完全に埋没するまで水田の造成と洪
	水による埋没が繰り返されており、水田の変遷が追跡できる。水田跡は畦畔や水路など水田施設を伴い、水田面からは人間の足跡も検
	出されている。
	弥生式土器は弥生後期の中央高地型櫛描文を主体とする土器群で、東海系土器群も混出している。弥生後期の水田跡出土木製品も県内
	では出土事例のなかった遺物で、鍬・エブリなどの未製品や膝柄鍬の柄、又鍬などの農具類、木製剣や用途不明の組合式木製品・部材
	などが検出された。また、水田跡の窪地からはカヤ、イヌガヤ、オニグルミ、クリ、トチノキ、エゴノキ、モモ、イネ、ヒョウタンな
	どの植物遺存体が検出されている。

	弥生時代前期には、西日本では本格的な米作りが始まっている。そして米作りの技術が急速に東日本に広がっていた時期でもあるが、
	高冷地が多い北杜市域では、弥生時代前期の集落跡や水田跡は現在まで見つかっていない。作りに適した湿地や低地がなく、気候も寒
	冷すぎたのが原因だと思われる。ただ、「下大内遺跡」のように、墓だけは僅かだが発見されている。































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