石窟庵(ソゥクルアム)−韓国国宝−
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駐車場から紅葉の始まった山道に分け入ると、幅広い参道が心地よい。片側は崖になっているが、木々が立ちこめていて
危険な感じはしない。見物客の行列の中を車が通ってきたのでビックリしたが、チョンさんに聞くと、「あれはお寺のお
坊さん。」と言うことで、坊さんは特別に車で通ってもいいらしい。「徳」を説いているのか、「得」を説いているのか
わからんな。
仏国寺からさらに吐含山を8kmほど登った山頂下にある石窟庵は、仏国寺の附属石窟として8世紀に建造された。ユネス
コの世界遺産にも指定されている人工の石窟寺院である。統一新羅時代の造営だが、李氏朝鮮時代の仏教弾圧などにより、
長くその存在が忘れ去られていた。1,900年頃にたまたま雨宿りをした郵便配達員が発見したと言われている。
前室、扉道、主室からなり、ドーム状の主室には高さ3.36mの、花嵐岩で作られた新羅仏教美術の傑作として名高い、本尊
釈迦如来像が安置され、ドーム内部の一段高い所には、四天王像、十一面観音像、諸菩薩の像など15体の仏像のレリーフが
刻まれている。
ドームは自然の岩盤を掘ったのではなく、花崗岩の石材を積み上げて 円形平面のドーム状にし、上に土を盛って石窟の形
を作り上げたものであるが、現在はその前面に礼拝所の建物が建てられている。統一新羅時代の高度な石造建築技術を示し
ていると同時に、そこに彫刻された仏像は当時の彫刻芸術の貴重な例である。
訪れたとき、2,3人の人が本尊の前に座り込んで拝んでいた。跪いて拝み、立ち上がって拝み、また座り込んで拝む、と
いうことを何回も繰り返している。韓国の人の信仰心は、日本人が忘れてしまったものを根強く残している。
建物の後ろに丸く見えているのが本来の(造った)石窟である。
当然内部は撮影禁止なので、上記の釈迦如来像は「慶州千年の都」と題されたガイドブックから転載した。
礼拝所前の小さな広場にたつと、彼方の山々の切れ間に文武大王の海中陵が覗いているらしいが、私は目が悪く切れ間は見
えたが、海中陵までは確認できなかった。よほど目のいい人でないと見えまいと思う。
石窟を降りてきた所で、日本の寺院と同様に寄進のための瓦を販売していた。私は似顔絵が少し得意なので、みんなが全員
の似顔絵を描いて寄進しようと言いだし、ガイドのチョンさんも面白がって「描いて、描いて」とせがんだが、販売所の日
本語の達者なお婆さんに、「仏様の屋根に置くのにそんなふざけたもの、滅相もない!」と一蹴されてしまった。仕方なく
普通の字で全員の名前を書いて寄進したが、帰り道チョンさんは「何よ、商売じゃないの」と少し怒っていた。でも私はあ
のお婆さんに、私が子どもの頃の古き日本の年寄りの姿を見た気がして、なんか嬉しかった。あれで正論なのだ。ああいう
お婆さんがいるほうが、まともな社会のような気がする。
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