月に吠える −筑前・時事評論あるいはボヤき by Inoue Chikuzen
1.平成16年2月11日(建国記念日) −団塊の世代達よ!−
とうとう自衛隊がイラクへ行った。賛否両論の渦の中、小泉首相はなかば強引に自衛隊を中東へ派遣してしまった。「復興支援」「治安維持」
「自由社会の責任分担」という大義名分の陰で、「憲法改正への布石」「自衛隊の戦闘経験演習」「武装国家への道」等々と非難されている。
今日は建国記念日である。「月に吠える」という朔太郎の言葉を借りた、私の時評集HPの記念すべき第一回にこのイラク問題をとりあげた
いと思う。
この問題に限らず、小泉純一郎が総理大臣になってからの日本は、30年前我々が全学連の波間に翻弄されていた時代の感覚から言えば、明
らかに右傾化の道をたどっている。吉田茂、岸信介、佐藤栄作そして最近では中曽根康弘も、あれだけ熱望して果たせなかった憲法改正を、
もしかしたらこの男がやるかもしれない。
今の若者が我々の頃と違って保守化しているのは自明なので、「どうして若者が声を上げないのだ!」とか「戦争に行くのはお前らだぞ」と
憤っても仕方がない。我々を学生運動の波が包んでいた時代は、まだ我々は想像力を働かせる事が出来た。共産主義は破竹の勢いで国家建設
を進めていたし、「コミュニズム」という言葉自体にも、単なる革新性や時代性を超えて、何か崇高な精神性の匂いがしていた。しかし現在
は違う。そういう波にかって泳いだ我々団塊の世代でさえ、もう社会主義に対する幻想は捨て去ってしまっている。飢えた社会であったが故
にできあがっていた運命共同体のような連帯感は、大都市は言うに及ばず、かってはそれが無ければ生活さえままならなかった田舎において
さえ、もはや存在しない。
そんな社会の中で、若者が想像力を働かせる事ができるわけはない。彼らにとっては「イラク派遣」も「憲法改正」も、バーチャルの世界の
事なのである。自分にとっての現実ではないのだ。自分が戦争に行くなどと言う事が在るわけが無いと思っているし、再び「天皇陛下万歳!」
と叫ぶことは絶対にないと思っている。
私は50歳代半ばでもろに団塊の世代そのままなのだが、私自身、もうわからなくなって来ている。今回の自衛隊のイラク派遣は是なのか非
なのか。私自身も保守化していると友人は言うし、それは私も感じている。かっての私の感覚からすれば明らかに「非」であるが、しかし今
の私には信念を持ってそれを「非」と叫ぶ自信がない。
戦争が悪であり非なのもまた自明である。しかしながら、それは日本のような、もう60年に渡って戦争などしたことの無い国だからこそ言
える。平和が当たり前という社会は、現代の世界の国々のなかでは極めて特殊な存在なのだ。あの自由主義の権化アメリカにおいてさえ、若
者達は毎年戦争で死んでいっている。しかもアメリカ自身が脅かされている戦争ではなく、殆どが他国の戦争にかり出されて命を落としてい
るのである。ベトナムに始まって、カンボジア、タイ・ラオス、アフガニスタン、中近東、ソマリア等々、アメリカ軍は単独で或いは多国籍
軍、国連軍という名の下に各地の紛争に出兵し続けている。勿論、自由主義の防波堤や人道主義という名聞に飾られていたとしても、最終的
にはアメリカの国益のためであり、それは世界中が理解しているし、そして日本もまた、そういうアメリカを支持する事が日本の国益にかな
うと、戦後60年信じられてきたのであり、今も信じられている。
イラク戦争には、テロ根絶、石油利権、民主主義輸出、更には、米国内ネオコンの軍事大国主義に加えてパレスチナ問題や宗教問題などの諸
要因も複雑に絡んでいる。勧善懲悪で片づけられない要素を多分に含んでおり、中近東という、大多数の日本人にとっては理解を大きく超え
た世界の事なのも、問題を身近に考えられない要因である。
多くの日本人は、内心自衛隊がイラクへ行って無傷で帰ってくるとは信じていない。あれだけ諸外国の軍隊や報道陣さえもが攻撃を受けてい
て、日本だけが無事なわけがないと思っているのだ。しかし、イラクへ派遣されているのは自分の息子ではない。
かって中近東に駐在していた友人の話では、人のいう事をそのまま信じるような人間は、彼の地においては変わり者か馬鹿だと言われるそ
うだ。日本人のように人を信じることを前提にしているような国民にとって、これは理解しがたい環境である。その友人は「いや、私は日本
人で良かったよ。」と言っていたが、ほんとなら私も同感だ。そういう民族に、「話せば分かる」が通じるのか? 同じ思いは北朝鮮に対し
ても感じる。
今日の新聞には、小泉首相がタカ派のイメージを嫌って建国記念の式典を欠席したという話が載っている。それによれば、「建国記念の日を
祝う国民式典」には、毎年首相は出席しており、代理であいさつした福田官房長官は、「所用のため」と述べたが、この日は首相に特別な日
程は入っておらず、首相周辺は「靖国神社参拝、イラクへの自衛隊派遣に続けて式典に参加するとなると、いろいろ勘ぐられ、痛くない腹を
さぐられる」と欠席の理由を説明している。タカ派イメージを払拭する狙いがあるのではないかと書いてあるが、今更という気がする。最近
のイラクや北朝鮮のような国家の動きや首脳陣の言動を見ると、いっその事もっとタカ派イメージを出した方がいいのではないかという意見
もある。私の同僚たちの中にも、「日本も原爆を持つべきだ」と言う者もいるが、これなどは明らかに北朝鮮の幻影を見ている。そして意識
下では、中国の影も見えているのかもしれない。
一方で、かってレーガン政権がブチ上げたSDI(戦略防衛計画:スターウォーズ計画)構想はちゃくちゃくと進行しており、ブッシュ大統
領はこの「ミサイル防衛計画」に日本を巻き込む事で、アメリカにとってのアジアにおける一大防衛網を築こうとしているが、日本がこれに
荷担した場合、新たに1兆円の負担を強いられる。670兆という国債発行額からすれば1兆円などとるに足りないような気にもなるが、よ
く考えてみればとてつもない金額である。トヨタはいざ知らず、私の会社などは千年かかっても稼げない数字である。これらの負担は全て日
本国民が被る。これが安全の値段なのだと言われれば安いとも言えるし、とほうもない金額とも言える。我々は、もっと自分たちの出した金
の使い道について、マジでじっくり考えてみなければならない。一方的に税金を取られるだけのサラリーマン達よ、団塊の世代達よ、一度真
剣に考えてみよう。ほんとに今のままでいいのか?
我々は相応(ふさわしい)政府を持っているのか。我々の受けてきた戦後教育は正しかったのか。会社はほんとに利潤を追求する機関として
の存在意義だけでいいのか。君の家庭はほんとに家庭と言えるか。「堕落列島」「腐敗列島」と呼ばれるような、官民合わせての倫理観が欠
如した不祥事は、果たしてほんとに「対岸の火事」なのか。
我々に出来ることはもうないのか。若者の無気力は、我々の「諦念」を感じ取った結果ではないのか。このまま黙って老いてゆくのを待つだ
けでいいのか。若き日、君の追い求めていたものは手に入ったのか。やりたかった事はもうすべてやりとげたのか。君がほんとにやりたかっ
た事は何だ!
考えよ! もう我々も、そんなに長く生きられる歳ではないぞ!
Return Next