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		大阪本町・歴史倶楽部第208回例会 大英博物館展を見る
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		日  時: 平成27年10月25日 AM10:00 〜
		集合場所: 神戸市博物館前 AM10:00(〒650-0034 神戸市中央区京町24	)
				JR「三ノ宮」、阪急・阪神「神戸三宮」、ポートライナー・地下鉄(山手線)「三宮」
				から南西へ徒歩約10分
		持  参: いつもの通りですが、今回は昼食はどこか適当な飲食店で。
		見  学: 以下1、2ですので、ゆっくり散策しましょう。

		1.大英博物館展を見る(大人1,500円)
		開館時間平日、日曜日 午前9:30〜午後5:30(入館は午後5:00まで)
		土曜日 午前9:30〜午後7:00(入館は午後6:30まで)
		休館日月曜日、10月13日(火)、11月24日(火)、12月29日(火)〜2016年1月1日(金・祝)
				(ただし9月21日(月・祝)、10月12日(月・祝)、11月23日(月・祝)、


		2.関帝廟 (カンテイビョウ) 
		財の神として名高い三国志の武将・関羽を祀った霊廟。入口の山門に掲げられた「関帝廟」の扁額は、
		世界的に有名な書道家・于右任(蒋介石の元秘書)によるものです。「鯉の滝登り」(登竜門)の故事に
		なぞらえた中門北京の紫禁城と同じ皇帝色の瓦に青龍の像を配した本堂など、廟の敷地には中国の雰
		囲気が漂います。
 
		(詳細)所在地神戸市中央区中山手通7-3-2   電話番号078-392-2711  
			URLhttp://www.zhonghua-huiguan.com/
		アクセス 地下鉄西神山手線県庁前駅 下車、北西へ徒歩5分。
		営業時間9:00〜17:00
		定休日年中無休
		<博物館から歩いてもいいし、地下鉄を乗り継いでも可。歩いても1時間程度>	

		・10/25日(日)は、井上は自治会の消防訓練(消防車が来て放水するやつ)の責任者になっている
		ため参加出来ません。なので今回の取り纏めは河内さんにお願いしようと思います。参加・不参加の
		連絡は河内さんへお願いします。
		・河内さん宜しくお願いします。
		・西本さん、当日の写真を撮って、終わったら私へ送ってください。HPは作ります。

		以上、宜しくお願いします。井上













		<関帝廟>  出典:ウィキペディアより抜粋

		関帝廟(かんていびょう)は、関帝(関羽・関聖帝君・関帝聖君)を祀る廟。孔子を祀る孔子廟
		(文廟)に対比させて、武廟(ぶびょう)とも呼ぶ場合もある。

		関帝廟の本殿は中央に関羽を祭り、右側に小説『三国志演義』で養子の関平(史実では実子)、
		左側に同じく『演義』に登場する配下の武将周倉の二神をそれぞれ祭っている。
		関羽は、信義や義侠心に厚い武将として名高くまた『演義』での普浄の逸話などから、民衆によ
		って様々な伝承や信仰が産まれ、信仰を高め、また後の王朝によって神格化されていった。その
		関羽を祭ったほこらが関帝廟の始まりである。
		また、関羽は(塩湖で知られた解県の出身である為)塩の密売に関わっていたという民間伝承が
		あり、義に厚いとされる事から商売の神として祭られた。この事に起因して、そろばんの発明を
		したという俗説まで生まれた。そのため世界中に華僑が散らばっていったときに、商売が繁盛す
		る様にとその居住区に関帝廟を立てた。そのため世界中の中華街などで関帝廟を見ることが出来
		る。

		<各地の関帝廟>

		・中国大陸
		関羽の出身地である河東・解県(山西省運城市塩湖区解州鎮)にある解州関帝廟は、中国でも
		規模の大きな関帝廟として知られる。

		・台湾
		祀典武廟 - (台南市) 行天宮 - (台北市)

		・日本
		函館市、横浜市(横浜中華街)、和歌山県(那智勝浦町)、京都(福知山市)、神戸市、大阪市、
		北天神、長崎市崇福寺、長崎市興福寺、沖縄(那覇市)などにある。

		・韓国
		東関王廟(中国語版) - (ソウル市)

		・ベトナム
		ベトナム語では Chua Quan ??(Top5eda-bottom5bfa.PNG関帝)、またはMi?u Quan ??(廟関帝)
		と呼ばれ各地に存在する。ギアアンホイクアン寺(義安会館) - (ホーチミン市チョロン地区

		・マレーシア 関帝廟 (Guan Dai Miew) - (クアランプール)


















		<湊川神社>  出典:ウィキペディアより抜粋

		湊川神社(みなとがわじんじゃ)は、兵庫県神戸市中央区多聞通三丁目にある楠木正成を祭る神社。
		地元では親しみを込めて「楠公(なんこう)さん」と呼ばれている。建武中興十五社の一社で、旧
		社格は別格官幣社である。
		楠木正成は、延元元年(1336年)5月25日、湊川の地で足利尊氏と戦い殉節した(湊川の戦い)。
		その墓は長らく荒廃していたが、元禄5年(1692年)になり徳川光圀が「嗚呼忠臣楠子之墓」の石
		碑を建立した。以来、水戸学者らによって楠木正成は理想の勤皇家として崇敬された。幕末には維
		新志士らによって祭祀されるようになり、彼らの熱烈な崇敬心は国家による楠社創建を求めるに至
		った。
		1867年(慶応3年)に尾張藩主徳川慶勝により楠社創立の建白がなされ、明治元年(1868年)それ
		を受けて明治天皇は大楠公の忠義を後世に伝えるため、神社を創建するよう命じ、明治2年(1869
		年)、墓所・殉節地を含む7,232坪(現在約7,680坪)を境内地と定め、明治5年(1872年)5月24日、
		湊川神社が創建された。
		境内には、楠公にゆかりのあるものを納めた宝物殿や能楽堂である神能殿や結婚式などのための楠
		公会館などがある。また兵庫県内の神社の事務を管轄する兵庫県神社庁の事務所がある。

		<祭神>
		主祭神 : 正一位橘朝臣(楠木)正成公
		配祀神 : 贈従二位楠木正行卿  贈正三位楠木正季卿
			  菊池武吉命・江田高次命・伊藤義知命・箕浦朝房命・岡田友治命・矢尾正春命
			  和田正隆命・神宮寺正師命・橋本正員命・冨田正武命・恵美正遠命・河原正次命
			  宇佐美正安命・三石行隆命・安西正光命・南江正忠命
		本殿合祀 : 摂社甘南備神社(祭神:大楠公御夫人滋子刀自命)(祭神名の表記は『湊川神社誌』による)

		主祭神である楠木正成は、河内に本拠地をおいたいわゆる武将で、1331年(元弘元年 / 元徳3年)
		に後醍醐天皇に応じて挙兵し、鎌倉幕府倒幕に貢献する。建武の新政後の足利尊氏の反乱において、
		九州から京都に向かう尊氏を摂津国湊川の地で迎え打ち、新田義貞らとともに戦うが、1336年(延
		元元年 / 建武3年)5月25日(新暦7月12日)に敗退し自刃する。大楠公と呼ばれる。

		配祀神の楠木正行は主祭神・楠木正成の子息である。正成が大楠公と呼ばれるのに対して、楠木正
		行は小楠公と呼ばれる。正行は大楠公の死後も南朝側として戦い、河内の四條畷の戦いで破れて自
		刃。1890年(明治23年)4月には正行を主祭神とする四條畷神社が創建されている。
		配祀神の楠木正季は主祭神・楠木正成の弟である。兄とともに湊川の戦で敗れる。『太平記』では、
		兄と刺し違えて死んだとされ、死に際に「七生滅敵」と誓ったと描かれている。
		『太平記』では、正成正季の兄弟とともに一族16名も自刃したとしており、これら16柱の神霊も正
		季らと供に配祀されている。そのうち菊池武吉は菊池武時の七男で、菊池武重の弟である。兄とと
		もに新田義貞の軍で戦っていたが、楠木正成らの自刃の場に居合わせたためにともに自刃したとい
		う。1924年(大正13年)3月17日、従三位が贈られている。










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