あゆみ観音様 最後のノミいれ式

	
	全国30ケ所(近畿圏が中心)を廻ってきたこの「ノミ入れ式」も今日で最後だ。後は勢山工房での仕上げ、彩色をへて,今年7
	月11日に岩手県陸前高田市に奉納される予定である。三年前3月11日の東北大震災で大津波を浴びた、陸前高田市の一本松。
	その松と同じ並びに立っていた松を基材にして掘り進められてきた「あゆみ観音」。勢山さんからお誘いを受けていて、ノミ入
	れ式のスケジュールも印刷して部屋に貼っていたのだが、今まで全然行けなかった。今回が最後だと言うし、須磨と近かったの
	で、本日やってきた。みゆき会で下の新聞を見せて同行者を誘ったら錦織さんが行くと言う。二人で式に参加していたら、そこ
	へ突然服部さんがやってきた。勢山さんとの再会を喜び、その後三人で須磨寺の奥の院めぐりを楽しんで帰って来た。


	陸前高田のマツ使用「あゆみ観音」 復興願い、神戸で最後のノミ入れ式    2014.2.11 11:00 サンケイweb

	11日で発生から2年11カ月を迎える東日本大震災で被災した岩手県陸前高田市のマツを、多くの人の手で彫り進めた「あゆみ
	観音」の最後のノミ入れ式が18日、神戸市須磨区の須磨寺本堂で行われる。関係者らは「阪神大震災で被災した神戸だからこそ、
	東北の被災者と分かり合える部分があるはず。復興の願いを込めてもらいたい」と参加を呼びかけており、完成した観音像は陸前
	高田市に寄贈される。
	像の制作は、奈良県葛城市商工観光課職員の西川好彦さん(40)が発案。平成24年5〜6月、復興支援のため陸前高田市に派
	遣された西川さんは現地で、津波で倒れた高田松原のマツを保管している地元の製材業者と知り合い、「有効活用してほしい」と
	託されたという。
	旧知の当麻寺中之坊(葛城市)の関係者に相談し、同寺の観音像を彫ったことのある滋賀県大津市の仏師、渡辺勢山さん(61)
	に制作を依頼。渡辺さんは「犠牲者の供養ではなく、残された人を応援する観音像なら作れるかもしれない」と、復興に向けて歩
	み始めるとの意味を込めて「あゆみ観音」と命名し、制作に取りかかった。
	ただ、渡辺さんが彫るだけでなく、多くの人が被災地への支援の気持ちを込めて一彫りずつ加える手法を採用。昨年3月、当麻寺
	中之坊からスタートした観音像は、渡辺さんとともに奈良県の寺院のほか埼玉、静岡県などにも出向き、これまでに約30カ所の
	寺院で7千人以上がノミ入れをした。
	徐々に姿を現した観音像は、完成すれば台座などを含めて高さ1・3メートル。すでに8割が完成したが、渡辺さんらは「被災地
	の痛みが分かる人たちに協力してほしい」と、最後のノミ入れ式を神戸で行うことを決めたという。
	須磨寺は、本堂が震災の被害を受けて改修された際、渡辺さんが手掛けた六観音像が納められた縁もあり、渡辺さんや西川さんは
	「東北とのつながりを感じてもらいたい」と参加を呼びかけている。
	須磨寺でのノミ入れ式は18日午前9時半から午後3時半までで、誰でも参加できる。協力金として1千円が必要で、一部を義援
	金として観音像とともに7月に陸前高田市に届ける予定。問い合わせは須磨寺((電)078・731・0416)。

	
	参加者とともに、あゆみ観音にノミを入れる渡辺勢山さん�堰&ス成25年8月、奈良県桜井市(西川好彦さん提供)
	この写真はまだこのプロジェクトが始まったばかりの頃ですな。我々はもう最後の段階に来たので、殆ど観音様の形は出来上がっ
	ている。勢山さんは、「何も無い所の木片を貰ってもという人がいるが、それも仏様の一部なのです。」と言っていた。





	◇陸前高田の被災松で  「あゆみ観音さま」彫像 一刀の縁結びを呼び掛ける

	東日本大震災で流された岩手県陸前高田市、高田松原の松で観音像を彫り被災地に届ける「あゆみ観音プロジェクト」が、奈良を
	中心に全国で進められている。プロジェクト代表の當麻寺中之坊・松村實昭院主とともに、制作・指揮をするのが大仏師の渡邊勢
	山さんだ。
	勢山さんは総高9メートルの観音像を始め全国で数々の仏像・仏画を修復、制作しており、奈良では信貴山朝護孫子寺の本尊、當
	麻寺中之坊の導き観音様の修復を手掛け「大仏師」の称号を持つ。
	このたび、陸前高田市と葛城市の縁で被災松を使って仏像をという話が松村院主のところにあり、松村さんが勢山さんに協力を依
	頼した。「実は最初はお断りしました」と勢山さん。”千年先に残る仏像を作る“ことが信条の勢山さんにとって、松はヤニが多
	く仏像彫刻に向かないし、何よりこちらの思いを押し付けるだけではないか、被災地の人が本当に必要としているのかという懸念
	があったという。
	再度の依頼に、それなら現地に行って確かめようと松を見に陸前高田へ。松は気にしたヤニも出ておらず思ったより状態が良かっ
	た。これなら彫れるのではと確信し、次いで地域の長老・佐藤直志さん、漂流していた高田松原の松を集めていた製材師の村上富
	夫さんたちと話をした。勢山さんは仏像を依頼されると、そのお寺に出向き、檀家さんや地域の人たちに会って、仏様のいらっし
	ゃる背景を確認する。
	彼らとの出会いが勢山さんの心を動かした。佐藤さんは震災の一週間後には早、そばの種まきをし、復興にとりかかっていた。
	「先祖代々津波の被害に遭ってきている。壊されたらまた作ればいい」と淡々と話し仏像制作を喜んだ。誰のせいにもしない、誰
	にも頼らない佐藤さんの生き方に心打たれ、自分も力になれたらと思った。またこの震災で娘を亡くした友人から仏像制作を依頼
	されていたのだが、その娘の嫁ぎ先が偶然にもこの地域だったことも知った。「偶然が重なったことや、土地に生きる人の熱意に
	打たれ、彫像を決意しました」
	彫る仏様は、鎮魂の仏様ではなく力強く前を向いて復興していく仏様であってほしいとの思いもあり、かつて修復を手がけた當麻
	寺中之坊の導き観音様に手を引かれながらも、確実に歩を進める「あゆみ観音さま」の姿が浮かんだ。そして被災地を忘れないよ
	うにできるだけ多くの人に一刀ののみ鑿入れをしてもらうことにした。木くずは勢山さんのスタッフが用意したお守り袋に入れ観
	音様の分身として持ち帰ってもらう。
	3月6日、當麻寺中之坊で導き観音様にご祈祷の後、10日に第1回鑿入れ式がスタート、6月以降も當麻寺や唐招提寺、東大寺な
	どで開催するほか勢山さんの縁のある県外のお寺など20数か所で、夏には東北も回る予定。
	参加者に鑿入れを指導する勢山さんは、大仏師を感じさせないほど温和で気さくだ。「”一人一仏運動“を唱えていた師匠の教え
	です。人の心の中には皆仏様がいる。その仏様を引き出すような仏像を彫るために常に謙虚であれと」。関西に避難してきた人な
	ど被災地に縁のある方に特に参加してもらいたいと話す。「この観音様とご縁を結ぶ人を全国にたくさん作りたい。ぜひ支援の輪
	にご参加を」と呼びかけている。


	
	○大仏師/渡邊 勢山さん 




我々が到着したときは、ノミ入れ前の読経がちょうど終わったときだった。もう3,40人が集まってきていた。





勢山さんがお弟子さん達と「あゆみ観音」を前面に出してきてノミ入れの準備をする。





最終ノミ入れ前の観音様。愛くるしい少女の顔である。勢山さんが初めの挨拶をする。







観音様建立のいきさつ、いままでの経緯や、彫るときの注意点などを説明。





地元神戸のTV局「サンTV」も取材に来ていた。筑前も後でインタビューを受けたが、その日の夜9:00のNews時にはカットされていた。







参加者は受付で千円払って住所名前を書く。この署名簿はあゆみ観音様の胎内に
収められて永久に残るのだという。百年先に子孫が見てくれないかな。



30分ほど並んで錦織さんの番が来た。「どうもどうも、お久しぶりです」てな事を言いながら、「ここここ、ここをこやって」



「大丈夫かな。グサッといかんかな?」「大丈夫ですよ、彫りすぎたらまた調整しますから」「あ、そう」



「ははぁー、そこをね。ほな、いきまっせ!」





私も彫って勢山さんと記念写真。「30ケ所も大変やったでしょう」「いやココだけの話、疲れました」。さもありなん。





その直後サンTVがインタビューに。勢山さんと話した後で気分が浮き浮きしていて嬉しそうに喋ったからか、私の場面は放映されなかった。



続けて勢山さんもインタビューを受ける。こっちはキチンと放映されていた(あたり前)。





いつもの勢山さんの工法と違ってこれは一木造りである。有名な一本松の松材も足下台座に使われるらしい。





一段落したところで須磨寺のご住職もノミ入れに参加。



すると後ろから「井上さん、井上さん」と呼ぶ声が。振り返ったら服部さんが来ていた。「アリャー、一人で来たん?こっちこっち」



住職さんに続いて本堂へ上がってきた服部さんもノミ入れ。一段落したところだったから服部さんは並ばなくて良かったですね。





服部さんも勢山サンの工房を見学した時以来だから、もう数年ぶりですな。



勢山さんはここ須磨寺の仏様達も彫っている。左右6体の仏様はみな勢山さんの製作だ。







さぁて、ほな須磨寺の奥の院めぐりへ出掛けますか。勢山さんに挨拶して本堂を出る。



勢山さんはまだ午後の部もあるので本堂で待機。靴を履いて覗き込んだら、参拝者との記念撮影が続いていた。


	大仏師/渡邊 勢山 Seizan Watanabe 勢山社HPより

	仏像・仏画の制作及び修復の専門家。1952年神奈川県藤沢市生まれ。大学在学中に仏像彫刻に目覚め、中退して大仏師・松久朋琳
	・宗琳の内弟子となる。1985年「勢山社佛像造顕所」設立。総本山・大本山より「大仏師」の称号を授かる。仏画、仏像彫刻教室
	の指導も行う。61歳。 (勢山社 HP) 

	東日本大震災での津波により根こそぎ流されてしまった松ですが、がれき処理の中で出てきた古木を処分するのは忍びないと、陸
	前高田市建設業協会の方々が松を保管しました。集められた松は、矢作町の村上製材所で加工され市内の各世帯に表札として寄贈
	されたり、復興支援に活用されています。
	そして、愛らしくも力を与えてくれるような、震災により被災された皆様の復興への"歩み"の支えになるような観音さまを被災地
	の皆さんに届けたいと"あゆみ観音プロジェクト"が奈良県の葛城市職員より立ち上げられました。
	この趣旨に賛同した多くの人達の協力の輪が広がりました。今回、観音さまのご誕生と、震災復興の願いをこめて御用材に「一人
	一刀」をいれていただき、観音さまとのご縁を結んでいただきたいと思います。
	観音さま ご誕生への無事を祈念し、震災復興の願いをこめて御用材に"一人一刀"をいれていただき、 御分身の木片をお守りとす
	ることで観音さまとのご縁と東北への想いを抱いていただくための儀式です。本来、鑿入れ式は制作前の一度行うものですが、多
	くの方にご縁を持っていただくため巡回鑿入れ式を行っております。

		
		陸前高田の一本松            

		
		野積みされた松原の原木松

		
		その松材より生まれるあゆみ観音さまの完成予想図











「高田松原 あゆみ観音 御分身」と縫われた守り袋に自分の削った木片を入れて持ち帰る。

この中に入っているのは、あの大津波を被った、陸前高田に生えていた松の木なのだ。


			
			お守り袋とG-SHOCKが乗っている新聞は、私が理事を務める「関西あさくら会」という、関西における
			郷土の親睦団体の会報誌。私が新聞作りをやらされていて、製作途中のものである。こっちのあゆみはノロい。

			しかし政府の復興支援もほんとにノロいねぇ。いくら原発事故があったと言っても異常にノロいような気がする。
			神戸震災に比べたら、全然復興は進んでいないような気がするが、何とかこの「あゆみ観音様」のお力で元通り
			に一刻も早くなってもらいたいものである。




	ある掲示板で、勢山さんがこの時の記事を書いていてその後のあゆみ観音様の写真を載せていたので、これは寄せ木か一木彫りか
	をたずねたら、以下の様な返事だった。

	一木技法かな・・・   投稿者:勢山   投稿日:2014年 3月10日(月)20時38分15秒      

	 筑前さん
	 今回のあゆみちゃんの木取りは特殊で、集成材の塊を造りつつ一木技法で彫り進めています。松はそもそも彫刻には向いていま
	せんし、防砂林の松で春先に津波で生を絶たれ市中を瓦礫と共に流れた、ずぶ濡れの木・・・
	直径40センチ程度の木の場合、寄せ木として使える角材は10センチ角程度。今回は乾燥が出来ていないため接着も出来ず、最初は
	長いボルトで止めながら、お寺を回りノミ入れをしていました。徐々に部材を大きくして彫る範囲を広げて現在至ってます。
	 寄せ木とは、合理的に彫刻する為に部材で彫り勧める事が可能な技法を指しますので私の感覚では、今回は一木彫造ですね。
	これに拘ったのは、徐々に木の中から観音像が出てくる状況を感じて貰いたかったからなんですが、進むにつれて彫りにくく、鑿
	が入らなくなる状況になってしまいえらい苦労しています。最初の頃は角材そのもの、徐々に深くなって立体になって来ました。

	
	この日終了後の、綺麗になったあゆみ観音様



	

	本日NHKをぼんやり見ていたら、「奈良の當麻寺で・・」とやり出したので「あっ、あゆみ観音だ}と即座に録画ボタンを押し、
	書斎へデジカメを取りに走った。完成したあゆみ観音に魂を入れる「入魂の法要」が今日行われたのだった。以下はその画面を編集
	したもの。解説は無いので想像して下さい。ま、News画面を編集したので多少見にくいですが、綺麗に仕上がっています。
	2014.4.1(ウソではありません)
























しかし、見事に最初の設計図(?)通りに仕上がるもんですなぁ。さすがにプロです。驚嘆します。



2014年10月17日、勢山さんから「あゆみ観音完成報告」が届きました。TV出演もあるようなので、是非皆さんで見ましょう!













邪馬台国大研究ホームページ / INOUES.NET /あゆみ観音 Lastノミ入れ式