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肥後熊本・吉野ヶ里の旅 歴史倶楽部 第168回例会 8月4日−6日


一日目 8月4日(木)大阪・東京から熊本へ



写真提供:熊本在住、陪冢姉妹(林)さん





九州新幹線「みずほ」で熊本へ出発!



幾つになっても、旅立ちの前はワクワク、ウキウキしますなぁ。新大阪駅にて。







朝飯を食ってこなかったという橋爪君は、座るなり本格的に弁当を食べ始める。



いままでの新幹線で言えばグリーン席のような心地よさに皆さん感激してます。座席も2列づつだし快適、快適。お姉さんも綺麗。



トイレにも驚きましたなぁ。昔のトイレが嘘のよう。しかも部屋が広いし。



車両の半分くらいを使ったトイレは立派だったけど、喫煙席は狭かった。



新しく買ったデジカメの使い方を、急ピッチで習得しようとしている私ですが、やっぱり使いこなしていないのはアキマヘンな。



	これがそのデジカメ。Nikon のCOOLPIX S6100。ヨドバシで、1630万画素、13,800円とあったので思わず衝動買いをしてしまった。
	1週間前くらいに買って、近所の公園とかで試し撮りをし、その写り具合には満足していたのだが、今回の旅行では、特に室内を
	撮る時の設定がまずかったらしく、ロクな写真が無かった。どうもISOの設定が間違ったようで、全部AUTOにしておけばよかった。
	しかし今回は、写真を、河内さんとしゅんけいさんから数枚、河原さんから100枚、西本さんから約200枚と提供して頂き、
	私のトチった分をカバーしてもらったので助かった。みなさんありがとうございました。ちなみに、皆さんの写真区分は以下のよ
	うになっています。






熊本駅に到着した。早い、早い。伊丹、熊本空港へのアクセスを考えるとこの新幹線の方が早いかも。




熊本駅到着



	
	「国分寺友の会」の掲示板を通じて知り合った「しゅんけい(春逕)さん」が迎えに来てくれたので、久しぶりの再開を喜ぶ。皆さんに
	紹介して、空港から来た河原さんとも合流し、オリックスレンタカーへ。







	上下の車両は<中核市における新・交通システム研究会>が提唱する、中核都市における新しい交通手段システムとして採用された
	トローリー市電である。乾さんのふるさと富山でも採用されている。 写真:熊本市(超低床電車0800型)

	<中核市における新・交通システム研究会>会員地方公共団体(H23.7現在:2県14市)
	栃木県 宇都宮市 相模原市 新潟市 富山市 石川県 金沢市 岐阜市 静岡市 浜松市 豊田市 姫路市 岡山市 高松市 松山市 熊本市


	
	しゅんけいさんの案内で熊本市の町屋を見学。私と服部さんがしゅんけいさんの車に乗って話を聞いたが、後のメンバーはレンタカーに
	乗ったので、その解説が無いまましゅんけいさんの車の後をついて来る。「携帯を経由して説明してくれたら良かったのに」と後から言
	われ、なるほどそういう使い方もあったかと思ったが、後の祭り。





	
	町屋並びを見学した後、「総社神社」という、熊本でも相当古い由緒を持っているという神社へ案内してくれた。この神社のことが載っ
	ている古文書も見せてくれたが、その由来の確かなことはしゅんけいさんにも判らないようだった。ちなみにしゅんけいさんは、子供の
	頃もっと広かったここの境内でよく遊んだそうである。







市役所の、最上階のレストランのランチが旨いというので、昼食はそこで取ることにした、上右が市役所のビル。



しゅんけいさんは、でっかい町屋の地図も用意してくれていたが、どう縮小してもここに掲示できないので、ま、こんなもんだという事を。



ここから熊本城が眼下に大きく見え、熊本城の模型や資料が展示してあった。
















	阿蘇神社へ向かう途中に「菊池郡大津町室」という所があって、このあたりの畑の中には、さつまいも貯蔵のための室(むろ)が作っ
	てあり、そのためにこの辺りを「室」というのかもしれないとしゅんけいさんが話していた。我々も探して見たがよく判らなかった。
	上の写真は後日しゅんけいさんが送ってくれたもの。まさしくムロだ。



阿蘇神社の側に、阿蘇の水を町中に引いている所があって、その中にしゅんけいさんの友人がやっているギャラリーがあった。



昔女学校だった建物を借り受けて、いろんな催しをやっているそうだ。



昭和レトロのグッズや、何やらわからん物も一杯並べてあった。







	阿蘇神社を出て熊本市内へ帰るしゅんけいさんと、同じ方向にホテルがある我々のレンタカーとが前になったり後になったりしながら
	57号線を走って行く。途中でしゅんけいさんは国家権力に拉致されたので、ろくろく別れの言葉を交わす間もなくお別れとなる。
	その後しゅんけいさんからメールが入り、「ご迷惑をおかけしました。また熊本へおいで下さい。」との事。やれやれ無事で良かった。

阿蘇白雲山荘到着






	ここには相当昔に泊まったことがあると思うのだが、もう記憶が定かでない。しゅんけいさんも、「昔から阿蘇と言えば白雲山荘でした
	もんね。他にはホテルとか無かったんじゃないかな。」と笑う。私が泊まったとすれば、高校を出て大学入学直前の春休みに、三泊四日
	で阿蘇・島原一人旅をしたときだからもう42年前だ。その前からホテルはあるそうだから、阿蘇では相当な老舗である。しかし、記憶
	が無いとはなぁ、恐ろしい。
	ちなみにもう一泊は、阿蘇の山腹の牧場の中で、寝袋で野宿し、朝目覚めたら目の前に牛糞の固まったのがあった。もう一泊は雲仙の廃
	棄するケーブルカーの中で、派出所のお巡りさんが貸してくれた毛布にくるまって寝た。一泊だけはどっかいいところに泊まろうと思っ
	て飛び込んだのがこの白雲山荘だったと思うのだが、昔はこんな綺麗なホテルでは無かったような気がする。赤水という地名も覚えてい
	るので、ここだろうとは思うのだが。

	ついでにその高校生一人旅だが、島原城で家までの旅費を計算したらあと20円しかなかった。腹が減って仕方がないのでその20円で
	牛乳を1本飲み、後は飲まず食わずで実家まで7時間かけて帰宅した。その話を家族にしたら、母親は「えー、じゃおなか空いてるやろ」
	と言い、父は「お前、運賃間違うとったら帰ってこれんかったやないか。アホやなぁ。」と言いながら何故か嬉しそうだった。

	資金不足になった原因は、おそらくここに泊まったからだと思う。当時から、ここは高校生が一人で泊まるような所ではなかったのだろ
	う。ここに泊まったおかげで、無銭旅行をしなければならなくなったのだと思う。


ホテルの窓から見た阿蘇の山並み。クリックして貰えば大画面になります。






	仲居のおばさんが説明する話を神妙に聞くメンバー。仲居のおばさんはエライ事を教えてくれたのだが、ここに書くとヤバイかもしれな
	いので「マル秘」という事で。聞きたい方はmailかみゆき会で尋ねて下さい。



wife談、「一人だけ布袋様みたいやね」



大旨こんな内容の食事だったと思うのだが、これはHP用の写真なので、或いはもっと少なかったかもしれない。










稲田春逕書展


		本日熊本を案内いただいた「しゅんけい」さんは、書家である。高校の講師もしているし、熊本県内で沢山
		のお弟子さん達に書を教えている。熊本までは見に行けないので、せめてここで宣伝させて頂きたいと思う。










3.11の大震災が起こらなければ、春逕さんもこのイベントに和服で参加の予定だったらしい。こういうイベントは全て自粛されたそうだ。



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