Music: 想い出のサンフランシスコ
歴史倶楽部第148回例会
2009年忘年会
2009.12.9 大阪本町みゆきにて






	今年も忘年会です。早いモノですねぇ。あっと言う間にもう1年が過ぎてしまいました。この頃時々、「自分、これでいいのかぁ。」
	という声が聞こえてきます。「何かするなら今だぞ!」「NETで商売するんじゃなかったんかぁ?」「歴史グッズ売らんのかぁ。」
	「編集長はどうするんえ?」「今みたいなとこにいつまでも居ってええんかい?」等々。「あーっ、頭湧くねぇ。」「なんやそれ」
	てな調子です。
	振り返れば来年は早くも還暦。この先、もう一旗などは不可能に近い。しかしどこかで、「お前はコレで終わるんじゃない。もっと
	何か出来るハズだ。」「お前はまだ、完全に燃焼していない。」「お前ならやれる!思い切れ。」と言う声がしてくるのです。

	これは、自分の頭の中から聞こえてくるはずなので、自分が頭の中でそう考えているんだ、という指摘はもっともです。「誰もがお
	前と同じように思って、結局何もせずに一生を終わるんだよ。」という意見も充分理解できます。もう気力も体力も全盛期の半分ほ
	どしかありませんし、人生をもう一回やり直すには、あまりにも時間が無さ過ぎます。また、「今までの人生で十分じゃないか。」
	「もうさんざんええ目してきたやろ。サラリーマン人生としては良かった方じゃないのか。」「この人生の延長線上で楽しく面白く
	生きていけばいいじゃん。何の上満があるん?」という見方も、しごくもっともです。

	しかしながら、「俺の能力はまだ全部開化していない」という想いは、単なる青臭い青春譜の類なのか、それとも己を知らない不遜
	なオッサンの戯言なのか、最近つとに、揺れ動く乙女心に翻弄されている今日この頃です。




	忘年会		フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

	現代の大衆忘年会はビールでの乾杯から。忘年会(ぼうねんかい)は日本における年中行事のひとつであり、その年の苦労を忘れる
	ために年末に催される宴会の呼称。宗教的意味付けや特定行事様式の無い風俗の一種であるため、その起源は明確で無い。
	「年末にその年の慰労を目的として執り行われる宴会」という意味付けでは台湾の尾牙、中華人民共和国の年夜飯、大韓民国の送年
	会など、東アジア圏における共通の文化を見出すことが出来るが、英語文化圏においてはクリスマスと対比させた非宗教的な行事と
	理解されており、日本固有の文化として考えられる場合が多い。
	忘年会は自発的結社によって担われる紊会型のもの、私的交友関係や家族間で執り行われる年わすれ型のもの、戦後急激に伝播した
	企業忘年会型のものなど様々な形態がある。

	忘年会の起源ははっきりとは判っておらず、いくつかの由来の異なる会合が次第にひとつに融合して生まれた多元的起源を持つ行事
	であると考えられている。としわすれという言葉を用いた最古の例としては室町時代の皇族、伏見宮貞成親王が認めた『看聞日記』
	で、1430年(永享2年)12月21日の記録として出てくる。
	「先有一献。其後連歌初。会衆如例。夜百韻了一献。及酒盛有乱舞。其興上少歳忘也。」という文章である。
	これは、年末に催された連歌会が大変に盛り上がり、その様子がまるで「としわすれ《のようだと述べたもので、この頃には既に民
	衆行事として「としわすれ《と呼ばれる、酒を飲んで乱舞する行事が存在していたことを示している。江戸時代には、特権階級の人
	々の中で一年の憂さを晴らす行事になった。近代の忘年会がお祭りムードに変化したのは明治時代からで、無礼講などのキャッチフ
	レーズで広まった。




	ウィキペディアではあまり頼りにならないので、そのほかNETで分かる限り「忘年会」を調べてみた。それによると、忘年会の起源
	は、鎌倉時代あたりの、貴族や武士が歌を詠む「年忘れ」という儀式だったようである。酒は飲んだけれども今のような肴や摘みは
	なく、メインの行事は和歌や俳句を楽しむ厳かなものだったと言われる。室町時代の貴族の連歌の会でも、酒は出ていないようだ。
	今のように酒とつまみの形になったのは江戸時代の初期からで、庶民は「年忘れ」武士は「新年会」とよんでいた。
	武士は新年に主君への忠誠を誓うというので、年の最後にその行事を行っていたらしいが、行事そのものは静かなモノだったようで
	ある。関ヶ原の合戦のあとの新年の祝賀では、先に徳川と豊臣、どちらにあいさつにいくかでその忠誠度を測ったともいう。




	真贋は定かでないが、「忠臣蔵の討ち入りが成功したのは、吉良家の忘年会後の寝込みを襲ったから」という話もある。と言うこと
	は、この頃には呑んで寝入ってしまうほどしこたま呑んだ、ということにもなる。ちなみに忠臣蔵に登場する「年越しそば」が慣例
	化したのも江戸時代中期である。花見も、貴族武士階級で楽しまれていたものが、庶民に一般的になるのが江戸時代中期だから、今
	に伝わる庶民文化の起源は「江戸時代中期」と言うことになるのかもしれない。

	庶民が楽しむ現在の忘年会の形に近くなったのは明治時代になってからと言われ、官僚にボーナスが出るようになり職場での宴会が
	始まったからと言われている。この頃から「無礼講」「無茶苦茶主義《などのキャッチフレーズとともにお祭り感覚になったようで、
	坪内shou遙の小説『忘年会』の中の一節に、学生たちの忘年会の様子が「声高な議論と沸くような笑い声、歌舞音曲に、お酌をする
	芸妓、そして何よりも大酒」と描かれている。




	昭和になると、企業忘年会を中心に忘年会文化が開花する。終戦後は温泉地への旅行忘年会など、規模も予算も拡大し、忘年会フィ
	ーバーは70年代半ばにピークを迎えた。この頃から女子社員の参加も増えたが、伝統的な芸者宴会の衰退へとつながり、「お座敷
	離れ《となっていったそうである。
	また、会費については企業持ちのケースも多くなり始めた。忘年会のために社内積み立てなどをしている会社も多かった。会社から
	補助金が出たりと福利厚生の一環とも見なされていた。そして忘年会は会社での年中行事の中で、最も重要視されるものになってい
	った。




	宴会で「芸」がつきものとなったのも昭和になってから。楽器の演奏や歌、手品、モノマネが多く、このような、一般に芸として認
	められているものを素人が行う場合、隠し芸と表現していた。これに対して、宴会でしか通用しないと思われる芸が各地で伝承され
	ていて、それらを宴会芸といい、かつては、座布団を指先でまわしてみせる「座布団回し」が宴会芸の典型だった。
	それまで忘年会の多くは男性中心だったが、女性の社会進出とともに多くの人が企業忘年会に参加するようになった。都市部だけで
	なく、農村でも忘年会が一般化したのもこの頃。「お座敷列車の忘年会」などの企画ものがヒットし始めたのもこの頃。大企業では、
	大広間の座敷ではなく、ホテルの宴会場などを利用し、西洋志向が進んだ。一方、小さな企業では社員食堂を飾りつけ、模擬店を出
	し、合唱で締めるという手作り感覚のものまで様々であったが、色んな形態を楽しみながらも国民的行事として忘年会は定着してい
	った。



心なしか、橋本さんの鼻の下は、いつもより少し伸びているような?

		★ 基本クイズ問題編         (氏吊:           )
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		1.日本に最初に来たヨーロッパ人はどこの国の人? 
		2.太平洋戦争後,日本が独立を回復した条約を結ん
		  だアメリカの都市はどこ?           
		3.江戸時代に上方の町人たちが作り出した文化を何という?
		4.「エジプトはナイルのたまもの」と言ったギリシアの歴史家は?
		5.鎌倉幕府を倒し,新たに建武の新政を行った人物は? 
		6.日本で初めて旧石器文化の存在を確認した群馬県にある遺跡は? 
		7.奈良時代,聖武天皇の頃の文化を何という?
		8.鎌倉時代に最初の武家法である御成敗式目を定めた執権は誰? 
		9.1851年中国で起こった洪秀全を指導者とした乱を何という? 
		10.西郷隆盛を中心とした上平士族最後の反乱を何という? 
		11.1792年,日本に通商を求めて,根室に来航したラクスマン
		  (ラックスマン)はどこの国の使節? 
		12.現存する日本最古の書物は? 
		13.鎌倉時代に北条氏を中心とした政治を何と呼んでいる? 
		14.江戸時代に天保の改革を行った老中の吊は? 
		15.アレクサンダー大王の東方遠征の結果,ギリシア文化とオリエント
		  文化が結びついて生まれた文化の名は? 
		16.日米和親条約で開いた港は,函館(箱館)ともう一つはどこ? 
		17.律令政治が行われていた時代に班田収授の法に基づいて与えられた
		  田を何と言う? 
		18.1156年,皇位をめぐって崇徳上皇と後白河天皇の間に起こった
		  争乱を何と言う? 
		19.工場制手工業から,工場制機械工業への移り変わりによって
		  社会のしくみが大きく変化したが,このことを何と呼んでいる? 
		20.江戸時代,株仲間を公認したり,長崎貿易を奨励するなど商人の
		  力を利用して積極的な財政建て直しをはかった,賄賂政治家とし
		  ても名高い老中は? 
		-------------------------------------------------------------------
		 1.(       ) 2.(       ) 3.(        )
		 4.(       ) 5.(       ) 6.(        )
		 7.(       ) 8.(       ) 9.(        )
		10.(       )11.(       )12.(        )
		13.(       )14.(       )15.(        )
		16.(       )17.(       )18.(        )
		19.(       )20.(       )
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この日、私の会社のあるビルの屋上から南を写した写真。大江川を挟んですぐ南が朝日新聞社。昔のフェスティバルホールが再建中。


同じくこの日の昼間に中之島へ行った時、JR線路脇にあるけったいなビル。ビルの中を高速道路が突っ切っている。何やこれ?

と思ったら、そういえば朝日新聞社ビルにも高速が突っ込んできていた。えらいもんやなぁ。


		クイズ解答
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		1. ポルトガル人 
		2.サンフランシスコ 
		3.元禄文化
		4.ヘロドトス
		5.後醍醐天皇 
		6.岩宿遺跡 
		7.天平文化 
		8.北条泰時 
		9.太平天国の乱 
		10.西南戦争 
		11.ロシア 
		12.古事記 
		13.執権政治 
		14.水野忠邦 
		15.ヘレニズム文化
		16.下田
		17.口分田 
		18.保元の乱 
		19.産業革命 
		20.田沼意次 
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皆様、一年間お世話になりました。
また来年も宜しくお願いします。良いお年を!
Mery Cheistmas for you and yours! Many thanks a lot! 



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