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群馬の旅 観音山古墳 2009.5.5 群馬県高崎市綿貫字観音山




群馬の森にある「群馬県立歴史博物館」を出て、井野川沿いに観音山古墳を目指していくと、途中に不動山古墳というのがあった。


不動山古墳

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綿貫観音山古墳




	綺麗に整備された古墳で、上毛野最後の前方後円墳と言われ、6世紀末の築造である。昭和42年からの発掘調査で、石室内から
	多くの副葬品が発見された。







































































以下は、「群馬県立歴史博物館」(博物館めぐり参照)の展示から転載した




















	解説が無く副葬品だけを見たら、全く近畿圏の古墳のものと大差が無い。どころか、近畿圏でも有力な豪族に属する部類
	だろうと思われる。上下の金具や太刀は、藤ノ木古墳にも匹敵するかもしれない。やはり、大王は各地に居たのだ。近畿
	の大和朝廷は、これらの豪族達をどうやって懐柔していったのだろうか。

	よく、各地のこういう有力な豪族の墓と思われる古墳について、「大和朝廷から派遣された」将軍の墓だとか、「大和朝
	廷ゆかりの人物」というような解説を見るが、それは誤りだと思う。派遣されたのなら大和へ帰るはずであるからここに
	墓が有るわけは無いし、大和の豪族でも持っていないような豪華な副葬品を持っているという事は、「将軍」や「ゆかり
	の人物」などではなく、大王(おおきみ)その人の墓なのである。つまり大王は各地に居たのである。そしてそれらの中
	から近畿勢の有力者がやがて「天皇」と称した。
	私見では、古墳時代は、記録があれば中国の三国志にも匹敵する、群雄割拠の凄まじい世界だったのではないかと思う。







上左は、高崎市駅前の家電製品大手量販店「ヤマダ電機」の本社である。運ちゃんに教えられてタクシーの窓から写す。



これも運転手さんに教えて貰ってグリーン券を買う。
「これなら何とか座れるかも」という言葉通り、カツカツ座れた。2時間立たずにすんだ。





池袋の夜



池袋で、大阪から一緒に来たwife・セガレと、池袋に住んでいる娘夫婦とで夕食。スペイン料理に行く。







翌朝早朝、中央フリィウェイを大阪へ



霧の中央アルプスを見ながら、



諏訪湖にて



結婚後3年目にして、始めて妹の家へ行ったセガレ。ちなみに彼は独身。



5月の連休だというのに、中央道を大阪方面へ向かう車は殆どなし。
快適なドライブで大阪まで戻れた。これから東京の帰りは中央道にしよう。



SA(サービスステーション)でも車はガラガラ。



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