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遙かなる西安 歴史倶楽部例会 第100回記念

帰国、そして総括 2005年9月26日




3泊4日の歴史紀行も終わりである。西安は我々との別れを惜しむように、朝から雨が降っていた。こんな大地での雨はほんとに落ち着く。



 

西安空港を午前中早く(9:00)に発つ。美人の張さんともお別れだ。あんな美人だったのに、誰とも何事もなかったのが不思議だ。







これで、東方、南方航空と、2つの中国国内便に乗った。敦煌やトルファンからは西方航空に乗るのだろうか。



北京空港に到着(上)。また金さんが来てくれていた。2時間ばかりまた空港でブラブラして、国際線で関西空港へ。



北京空港を上空からみる。



関空につく。なんでこんなに暗いんやろ。あ、そうか、もう夕方や。西安から帰ってくるとまる一日かかるんやなぁ。




西安新聞



	帰国後、荷物を整理していたら、荷物の間に中国の新聞紙が入っていた。見れば「西安新聞」で、漢字とは言っても略字
	だらけで、その意味は殆どわからないので、パラパラとめくっていたら、以下のような記事群が目にとまった。いずれも
	我々が見てきた遺跡・博物館に関する記事で、だいぶ想像をたくましくしながら読んでみたが、はっきりした内容はわか
	らない。誰か、中国語のわかる人、この記事群の内容を教えてくれませんか?






2005.10.1 「遣唐使と唐の美術」展・奈良国立博物館



	帰国したその週末、錦織さんの発案で奈良の「遣唐使・・」展を有志で見に行こうという事になった。唐の都には行って
	きたばかりだし、留学生「井真成」の墓誌碑が来ているというので、こりゃ行かずばなるまいと出かけていった。錦織さ
	ん、橋本さん、河内さんと私の4人。当然、墓誌そのものはもちろん、特別展そのものも写真撮影禁止で、とくに墓誌の
	前の警備員はまったく責務に忠実で、墓誌の周りを離れようともしない。そんなわけでこのコーナーの写真は少ないが、
	驚いたことに展示品の半分近くは、我々が行ってきた「陝西省歴史博物館」からの展示だった。あらためてその豊富な内
	容に驚くとともに、たちまち西安の思い出が蘇ってきた。























奈良国立博物館の隅に「森鴎外」の住居跡があった。森鴎外はここの館長もしていたのだ。しらなかった。



 




	上の建物は「xxx」と言って、奈良では有名な旅館(兼下宿屋)だそうである。多くの文人たちが寄宿していたところ
	だそうだが、いまはもう廃業している。錦織さんは若い頃、奈良へ出張してきてここに泊まったそうである。「めちゃく
	ちゃ安かったけど、炊事もみんなで分担だった。」そうだ。



	3泊4日の西安旅行が終わった。憧れて夢にまで見た「兵馬俑」や、「半波遺跡」や「陝西省博物館」や「法門寺」を見
	てきた。まだ興奮は冷めやらず、とても総括などはしばらくできそうもない。しかしながら、古代中国が、あれほどの文
	明を発展させることができた原動力は、いったいどこから湧いて来たのだろうか。驚嘆すべき偉業であるが、それを解明
	するにはしばらく時間が必要だ。
	とりあえず、現代中国についての感想を、別コーナー「井上家のHP」の、「おとんのページ」のなかの「月に吠える」
	コーナーに書いたので、興味がある人は覗いてみてください。
	 「井上家のHP」 >  おとんのページ」 > 「月に吠える」


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