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遙かなる中国 冬の北京を往く 2003年2月15日

ニューオオタニは5つ星等級のホテルである。中国は、ホテルに西欧流の星等級制度を採用している。

 

今回のツアーは毎朝7時半出発である。しかも夜ホテルに戻るのは9時半過ぎ。えらいスケジュール!



日本とは時差が1時間ある。勿論日本の方が1時間早い。従って日本では今8時半だ。

 

 

昨日見た北京城の城壁を今日も見る。今日は知っていたせいか、写真を撮るタイミングがうまくいった。







天安門広場





 

			<天安門広場>
			広い、とにかく広い。都市の広場としては、世界最大のものらしい。道路を挟んだ天安門前の広場の端では毎日、五星
			紅旗が、朝日が昇ると同時にかかげられ、夕日が沈むと同時に下ろされる。高い五星紅旗ポールの両脇には兵士が2人
			立っていて、ピクリともしない。直立不動の姿勢のまま、交代までの4時間を立っている。
			広場の東側は中国革命博物館と中国歴史博物館、西側は人民大会堂、南側は正陽門と箭楼であり、広場には人民英雄記
			念碑と毛主席紀念堂が立っている。広場には格別何があるわけでもない。多くの人たちが、凧を揚げたりぶらぶら散歩
			したり、並んで記念撮影をしたりと、思い思いにすごしている。元々はここにも胡同(フートン)が立ちこめていたら
			しいが、すべて強制的に立ち退かせて広場にしたのだという。さすが、社会主義国。

 

上の写真の高い塔は人民英雄記念碑で、その後ろに立っているのが毛沢東記念堂である。下は人民大会堂。

 

			とにかく広いこの広場には100万人を収容できるそうだが、100万人が集まった場合のトイレは、簡易トイレなど
			では間に合わず、なんと広場に点在するマンホールだそうだ。女性はどうするんだろう。


 

			
			国旗掲揚台の両脇に立っている衛兵は、ロンドンと同じでピクリとも動かない。4時間こうして立ったままである。
			我々もその前で記念写真を撮る。学内を火炎瓶が飛び交っていた学生の頃、自分が北京の天安門広場に立つなんて想像
			もできなかった。






ここで故宮(紫禁城)へ行く。故宮博物館も見学。





 
北京はトローリー・バスが全盛である。一台として同じ模様がない。ベタベタ広告が貼ってある。

 

昼食は「四川飯店」で四川料理。ここは日本でも有名な料理屋で、日本の要人が訪中の際にも訪れている。


二階への階段の壁に、訪れた著名人の写真が幾つも貼ってある。箔の付け方は世界共通だね。

 

下左の写真。こっち向きの右端が周恩来。下右はご存知、東(ケ)小平。

 



昼食の後、北京市街を抜けて「万里の長城」八達嶺へ向かう。

 

			
			北京はいま2008年の「北京オリンピック」に向けて急ピッチで、都市化を進めている。住宅は高層化し、胡同(フ
			ートン)は取り壊され、道路も建設されている。ビルの屋上に屋根が無ければまるっきり日本を見ているようだが、何
			となくデザインが日本とも韓国とも違うような気がする。何か大陸的な匂いがするのは私の気のせいだろうか。

  



外資系のFast foodも、今ものすごい勢いで中国に進出している。マクド(下:麦当労と書く)も北京にはやたらとあった。

 





高速道路を約1時間あまり走って、万里の長城 に到着。





 



			万里の長城から北京市街へ戻る途中で、絹製品を主とした土産物屋に立ち寄る。ここでSILK(絹)のできあがる行程を
			見学した。繭から糸が取れるところや、それが布団になるところを初めて見た。ヘェーと感心していると、説明のオバ
			ちゃんがすかさず絹布団の販売を始める。
 

竹籤にかぶせて伸ばした絹を、さらに人力で十倍くらいの大きさに広げる。それが何枚も重なって布団になるのだ。

 



			<北京の胡同>
			「胡同」(フートン)は、元王朝の独特の都市計画によって作られた、700年以上の歴史をもつ北京特有の路地である。
			胡同の中にある主な建築はほとんどが「四合院」で、四つの住居が一つの狭い広場を取り囲んで建っている。ぎっしり
			並んでいる四合院の間にできた大小さまざまな通路が胡同であり、一般庶民は多くがここに住んでいた。これらの胡同
			は、元、明、清、の三王朝を通じて使われ、一部には今でも人々が住んでいる。
			「胡同」とはモンゴル語で「井戸」を意味し、井戸を中心に人が集まったことを示している。北京には胡同が4550余も
			あり、多くは紫禁城の周りにつくられているが、大部分が2008年のオリンピックに向けての工事の為、急ピッチで取り
			壊されている。
			我々の宿泊所となったホテル・ニューオオタニのすぐ近くにもあると聞いたので、何とかして「四合院」の静かな情緒
			と一般庶民の風土人情を感じたいとおもったが、連日9時半過ぎにホテルに着き、朝7時半に出発という強行スケジュ
			ールだったので、残念ながら今回は胡同見学はかなわなかった。次回もし北京を訪れる機会があったとしても、果たし
			て胡同がまだ存在しているかどうか。


 

バスの窓から垣間見る胡同。下右は取り壊された胡同のすぐ裏に高層アパートがたっている。比較的綺麗な胡同は観光用に残すそうだ。

 



< ライトアップされた天安門広場周辺 >

 



天安門も人民大会堂も毛沢東記念堂も、綺麗にライトアップされて祭りのようだ。全て観光客の為というから恐れ入る。








夕食の後、< 京劇鑑賞 >

 

この飯は、うぅ〜んっと、容器から行けばシャブシャブだね。韓国と比べて、中国は飯がうまい。やっぱり中華だわ。
韓国も始めて行った時はまぁまぁだったが、二度目はもう肉とニンニクには飽きてしまった。中華はバラエティーに富んでいる。



			
			夕食後京劇鑑賞に劇場へ。今夜の観客は半分位が西欧人で、一番いい舞台前に陣取っていた。後は東洋人で日本人は3
			〜4割だろうか。舞台の上部に電光掲示板があって、劇の内容が、随時中国語と英語で表示される。「He cried」とか
			説明している。劇が開始される前には日本語の案内があり、また劇中は日本語のイアホンも支給してくれるので話の筋
			はよくわかる。着席したテーブルにはお茶と中華饅頭のようなお菓子が用意されていた。演目は日によって異なり、そ
			の日の演目は劇場前の看板に、主な出演者の名前とともに書き出してある。毎晩2題の演目があって、それぞれ1時間
			くらいの公演だった。




京劇はどうもよくわからん。狭い舞台でハデな衣装を着てやってるけど、劇としてはなぁ、何かいまいちのような気が。
wifeは昨夜の雑技(アクロバット)よりおもしろいと言っていたが、僕は昨夜の方がおもろかった。



派手な衣装と言い大げさな立ち回りと言い、どうもいまいちイメージが湧かないが、
歌舞伎や能と同じで何回か見ている内におもしろくなってくるのかもしれないな。


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